医師・歯科医師のための「知財から考える」事業承継(第2回)
第2回 「○○医院」という名前は誰のもの?
――医療機関の名称と商標権を考える
「父が経営してきた医院を、息子が継ぐことになりました。医院の名前も、これまでどおり使うつもりです。」
医師や歯科医師の事業承継では、こうしたケースは珍しくありません。
患者から長年親しまれてきた医院名を、そのまま後継者が引き継ぐ。
一見すると、ごく当たり前のことのように思えます。
ところが、知財の観点から見ると、ここにはいくつか確認しておきたい問題があります。
そもそも、「○○医院」という名称は誰のものなのでしょうか。院長個人のものでしょうか。医療法人のものでしょうか。
それとも、長年使ってきたのだから、誰でも自由に使えるのでしょうか。
さらに、その医院名について商標登録がされていた場合には、話が変わってきます。
今回は、医院承継の際に意外と見落とされやすい「医院の名称」と「商標権」の関係について考えてみましょう。
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1.「医院の名前」と「商標」は同じではない
まず、最初に整理しておきたいことがあります。
それは、「医院の名称」と「商標」は、同じものではない、ということです。
例えば、ある医院が「さくら歯科医院」という名称で診療を行っているとします。
この「さくら歯科医院」は、患者から見れば、その医療機関を識別するための名称です。
一方、商標制度は、商品やサービスについて使用する標章を保護し、他人の商品・サービスとの識別を図るための制度です。
したがって、「長年『さくら歯科医院』という名称を使っている」ことと、「『さくら歯科医院』について商標権を持っている」ことは、別の問題です。
ここを混同してしまうと、医院承継の際に思わぬ問題が起こります。
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2.「ずっと使ってきたから、当然使える」は本当か?
例えば、父親が30年間「○○医院」という名称で診療を続けてきたとします。
息子が後継者となり、父親から医院を承継しました。
息子は当然、「父が30年間使ってきた名前なのだから、自分もそのまま使える」と考えるでしょう。
しかし、承継前に一度確認しておきたいことがあります。それは、「その医院名について、誰かが商標権を持っていないか」ということです。
例えば、長年使用してきた医院名と同一または類似する商標が、第三者によって登録されている可能性があります。
また、父親自身が商標登録していたとしても、その商標権者が「父親個人」なのか「医療法人」なのかによって、承継時に必要となる対応が変わる可能性があります。
つまり、「昔から使っている名前だから大丈夫」というだけでは、十分とはいえません。医院承継の前には、医院名について商標の状況を確認しておくことが大切です。
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3.「医療法人名」と「医院名」は別のもの
医療法人の承継を考える際には、もう一つ重要なポイントがあります。
それは、医療法人の名称と、実際の医院の名称は、必ずしも同じではない、ということです。
例えば、医療法人○○会 ○○会△△医院 という形で運営されている医院があるとします。
あるいは、医療法人○○会 △△歯科クリニック というケースもあるでしょう。
この場合、「医療法人○○会」と「△△医院」「△△歯科クリニック」は、それぞれ別の名称です。患者が認識しているのは「△△医院」かもしれません。
一方、法人としての名称は「医療法人○○会」です。
したがって、「医療法人を承継したから、医院に関する名称も全部問題なく引き継げる」と単純に考えるのではなく、
• 医療法人の名称
• 医院の名称
• ロゴ
• 看板に表示している名称
• Webサイトで使用している名称
• パンフレットなどで使用している名称
を分けて確認することが大切です。
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4.医療法人の名称を引き継げば、医院名も引き継げる?
ここで、もう少し具体的に考えてみましょう。
「医療法人○○会」が「△△医院」を運営しているとします。後継者がその医療法人を引き継ぎました。
このとき、「医療法人○○会を引き継いだのだから、△△医院という名称も当然そのまま使える」と考えてよいのでしょうか。
実際には、名称の権利関係を個別に確認する必要があります。
特に商標登録がされている場合には、誰が商標権者なのかを確認しなければなりません。
例えば、「△△医院」の商標権者が医療法人○○会であれば、法人の承継との関係を確認することになります。
一方、商標権者が先代院長個人であった場合には、別途、商標権についての承継・移転を検討する必要が出てきます。
つまり、法人の承継と、商標権の承継は、別々に確認する必要がある、ということです。
これは医院の事業承継で非常に重要なポイントです。
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5.「院長個人の商標」になっていないか?
医院の名称について、もう一つ注意したいのが「名義」です。
例えば、先代院長が個人で医院を開設していた時代に、「○○医院」という商標を登録したとします。
その後、医療法人化し、現在は医療法人がその医院を運営しているとしましょう。
この場合、
商標権者:先代院長個人
医院の運営者:医療法人
という状態になっている可能性があります。
実際に医院を運営している主体と、商標権を持っている主体が異なるわけです。
そのまま長期間経過すると、承継時に、「この商標権は誰のものなのか?」という問題が表面化する可能性があります。
さらに、先代院長が亡くなった場合には、商標権について相続の問題が生じることもあります。
後継者が医療法人を引き継いだからといって、院長個人が保有していた商標権まで自動的に同じように整理されるとは限りません。
だからこそ、承継前に権利者を確認しておくことが重要なのです。
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6.「医院名」だけでなく、ロゴやキャッチフレーズも確認する
医院のブランドは、名称だけで構成されているとは限りません。
例えば、「○○歯科」+独自のロゴマーク+「一生、自分の歯で食べるために」といったキャッチフレーズ
という形で医院のブランドが形成されていることがあります。
この場合、承継時に確認すべきなのは医院名だけではありません。
ロゴについて商標登録されているか。誰が商標権者なのか。ロゴの著作権は誰に帰属しているのか。キャッチフレーズについてどのような権利関係があるのか。
こうした点も確認する必要があります。
特にロゴは、外部のデザイナーに制作を依頼している場合があります。「お金を払って作ってもらったのだから、当然、医院のものだろう」と思っていても、著作権について契約上どのように整理されているかは、別問題です。
この問題については、次回、ロゴを中心に詳しく取り上げます。
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7.「医院名を商標登録しておけば安心」なのか?
では、逆に、「それなら医院名を商標登録しておけば安心ですね」と思われるかもしれません。
確かに、医院の名称を商標登録することには大きな意味があります。
しかし、商標登録をしていれば、それだけですべての承継問題が解決するわけではありません。
重要なのは、「誰の名義で商標登録するのか」という問題です。
例えば、
父親個人が商標登録
↓
医療法人が医院を運営
↓
息子が後継者となる
という場合、商標権の名義と医院の運営主体が一致していません。
この状態を放置したまま先代院長に相続が発生すると、商標権についても別途整理が必要になる可能性があります。
したがって、商標登録を検討する際には、「登録するかどうか」だけでなく、「誰の名義で登録するのが適切か」というところまで考えておくことが重要です。
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8.承継後に「医院名を変える」という選択もある
医院を承継するからといって、必ず先代と同じ名称を使わなければならないわけではありません。
例えば、
「○○医院」
↓
「○○クリニック」
と名称を変更する場合もあるでしょう。
あるいは、
「先代院長の名前+医院」
から、
「地域名+診療科名」
のような名称に変更することも考えられます。
しかし、医院名を変更する場合には、別の問題も生じます。
長年築き上げてきたブランドや患者からの認知をどうするのか。旧名称と新名称をどのように併記するのか。ホームページや看板、パンフレット、SNSなどをどう変更するのか。旧名称について取得していた商標権をどうするのか。新しい名称について商標登録を検討する必要はないのか。
このように、「名前を残す」場合だけでなく、「名前を変える」場合にも知財の問題があります。
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9.医院名の承継で確認しておきたい7つのポイント
ここまでの話を、承継前に確認すべきポイントとして整理してみましょう。
① 医療法人の名称は何か
法人としての正式名称を確認します。
② 実際の医院名は何か
医療法人名とは別に、患者が認識している医院名を確認します。
③ 医院名について商標登録されているか
登録されている場合は、商標権の内容を確認します。
④ 商標権者は誰か
先代院長個人なのか、医療法人なのか、それ以外なのかを確認します。
⑤ ロゴやキャッチフレーズはどうなっているか
医院名以外のブランド要素についても確認します。
⑥ ホームページ・SNSなどでどのように使用しているか
商標として使用している名称だけでなく、Web上での表示も確認します。
⑦ 承継後も同じ名称を使うのか
名称を維持するのか、変更するのか、早い段階で検討します。
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10.医院名は「名前」ではなく、医院の信用そのもの
長年続いてきた医院には、その名前自体に価値があります。
例えば、「この地域で30年間診療してきた医院」「親子二代で診療している医院」「子どもの頃から通っている患者がいる医院」という歴史そのものが、患者からの信用につながっています。
つまり、「○○医院」という名称は、単なる文字列ではありません。
そこには、
• 医院の歴史
• 患者からの信用
• 地域での知名度
• 診療実績
• Web上の評価
• スタッフや関係者との信頼関係
などが積み重なっています。
これが、いわゆるブランドです。だからこそ、医院を承継するときには、「名前を引き継げば終わり」ではなく、「その名前に積み重なった信用を、どう引き継ぐのか」という視点が必要になります。
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おわりに――「誰が使えるのか」を承継前に確認する
医院の事業承継で重要なのは、「○○医院」という名称をこれからも使えるかどうかだけではありません。
その名称について、誰がどのような権利を持っているのか。
これを承継前に確認しておくことが重要です。
特に、
• 医療法人名
• 医院名
• 商標権
• 商標権者
• ロゴ
• キャッチフレーズ
• Webサイト
• SNS
などを一つずつ整理してみると、「実は院長個人の名義になっていた」「商標登録していることを誰も知らなかった」「Web制作会社との契約内容が分からない」といった問題が見つかるかもしれません。
事業承継は、単に「院長が交代すること」ではありません。
医院の名称に積み重なった信用やブランドを、次の世代にどう引き継ぐか。
これもまた、事業承継の重要なテーマなのです。
そして、医院のブランドを構成するのは、名称だけではありません。
ロゴマーク、看板、ホームページ、パンフレット、診察券など、医院にはさまざまな「マーク」や「デザイン」が使われています。
これらについて、「誰が権利を持っているのか」を把握しているでしょうか。
次回は、医院承継で意外と見落とされやすい「ロゴ」を取り上げます。
第3回 医院のロゴ・マークは誰のもの?――「昔から使っているロゴ」に著作権・商標権の問題が潜んでいる
として、商標権だけではなく、ロゴの著作権、デザイナーとの契約、院長個人と医療法人との権利関係まで掘り下げていきます。