不正競争防止法(第2回)営業秘密の保護

第2回 営業秘密の保護


1. 営業秘密とは
 営業秘密は、企業や組織が持つ情報の中で、公開されていない技術的または営業的な情報を指し、その保護が不正競争防止法の主要な目的の一つとなっています。営業秘密は、他社に知られることなく競争力を維持するために、企業が秘匿する必要がある重要な情報です。具体的には、製造プロセス、製品設計、顧客リスト、マーケティング戦略、価格設定、研究開発データなどが含まれます。
 営業秘密は、特許や商標のように公式な登録手続きを必要とせず、企業の内部管理によって保護されます。しかし、法律で保護されるためには、特定の要件を満たす必要があります。この要件を満たすことで、営業秘密として法的に保護され、不正取得や不正使用に対して企業は法的な救済措置を講じることができます。


2. 営業秘密の定義と要件
 営業秘密が法的に保護されるためには、不正競争防止法第2条第6項に基づく3つの要件を満たす必要があります。この要件は「秘密管理性」「有用性」「非公知性」の3つです。
(1) 秘密管理性
 秘密管理性とは、その情報が秘密として適切に管理されているかどうかを指します。つまり、企業がその情報をどれだけ厳密に秘密として扱っているかが重要です。具体的には、次のような措置が必要です。
 • アクセス制限:情報にアクセスできる社員や関係者を限定し、不要な人間が容易にアクセスできないようにする。
 • 物理的管理:書類やデータが保存される場所(例えば、オフィスのファイルキャビネットやサーバー)が、外部からの侵入やアクセスを防ぐ仕組みが整っていること。
 • 契約による保護:従業員や取引先と秘密保持契約(NDA: Non-Disclosure Agreement)を締結し、法的に守秘義務を課す。
 • 機密情報のラベリング:情報が機密であることを明確に示すラベルやマークをつける。
 これらの管理措置が行われていない場合、たとえ情報自体が貴重であっても営業秘密としての法的保護が認められない可能性があります。
(2) 有用性
 有用性とは、その情報が事業活動にとって有用であり、経済的価値を有することを意味します。情報が企業に競争上の優位性をもたらすか、またはその可能性があるかどうかが重要です。たとえば、新しい製造方法、特定の市場データ、製品設計のノウハウなどが該当します。
単なる社内の覚書や無意味なデータは有用性がないと判断される可能性があり、営業秘密として保護されることはありません。有用性が認められるためには、その情報が他社に対して何らかの競争上の利益をもたらし得るものでなければなりません。
(3) 非公知性
 非公知性は、当該情報が一般に公開されておらず、容易に取得できない情報であることを意味します。つまり、情報が広く知られていたり、第三者が簡単にアクセスできるような情報では営業秘密とは言えません。公にされている技術資料や、市場で簡単に入手できるデータは、非公知性を満たしません。
 なお、非公知性を保つためには、秘密が外部に漏れないように細心の注意を払う必要があります。外部の取引先に情報を開示する場合には、秘密保持契約を締結し、漏洩リスクを最小限に抑えることが重要です。


3. 営業秘密の法的保護の仕組み
 不正競争防止法では、営業秘密の不正な取得、使用、開示に対して厳しい規制が設けられています。具体的な保護の仕組みについて見ていきましょう。
(1) 不正競争防止法による規制
 不正競争防止法第2条第1項第4号から第9号までに、営業秘密に関する行為が「不正競争行為」として規定されています。これらの規定により、営業秘密を保有する企業は、以下のような不正行為から保護されます。
 • 不正取得行為:他社の営業秘密を不正な手段(盗用、詐欺、脅迫など)で取得する行為。
 • 不正使用行為:不正に取得した営業秘密を使用する行為。また、正当な権限を持たない者が営業秘密を使用する行為。
 • 不正開示行為:不正に取得した営業秘密を第三者に開示する行為。これは口頭、書面、電子データなど、あらゆる形式での開示が該当します。
 また、不正取得された営業秘密を知りながら使用する場合や、第三者が営業秘密の不正使用に加担する場合も、違法行為として規制されています。
(2) 刑事・民事の責任
 不正競争防止法では、営業秘密の侵害行為に対して刑事責任および民事責任が追及されます。刑事責任では、営業秘密の不正取得や使用、開示を行った者に対して、5年以下の懲役または5,000万円以下の罰金が科される場合があります(法人の場合は3億円以下の罰金)。これにより、営業秘密の侵害行為を行う者に対する強力な抑止力が働きます。
 また、民事責任としては、営業秘密の侵害によって損害を受けた企業は、侵害者に対して損害賠償を請求することができます。さらに、営業秘密が不正に使用され続けることを防ぐために、裁判所に対して差止請求権を行使し、侵害行為の差し止めを求めることができます。
(3) 企業内の営業秘密管理体制
 法的保護を効果的に受けるためには、企業自身が内部で適切な営業秘密管理体制を整備することが不可欠です。企業が営業秘密を保護するために講じるべき対策には以下のものがあります。
 • 社内教育:従業員に対して営業秘密の重要性と、それを守るための具体的な方法について定期的に教育を行うことが必要です。これにより、従業員が無意識のうちに情報を漏洩するリスクを減らせます。
 • アクセス権限の設定:営業秘密にアクセスできる社員や関係者を必要最小限に限定し、社内システムでアクセス履歴を記録することが推奨されます。
 • 秘密保持契約(NDA)の導入:従業員や取引先と契約を結び、情報漏洩に対する法的責任を明確にします。
これらの対策を講じている企業は、万が一情報漏洩が発生した場合にも、裁判において営業秘密としての保護を受けやすくなります。


4. 営業秘密の侵害が発生した場合の対応
 営業秘密が侵害された場合、迅速かつ適切な対応が求められます。侵害を放置すると、情報がさらに拡散し、企業にとって回復不能な損害をもたらす可能性があるため、以下のステップに従って対応することが重要です。
(1) 内部調査の実施
 まず、情報漏洩の発生状況を確認し、どの範囲の情報が漏洩したのか、どのような経路で外部に流出したのかを調査します。社内システムのログデータや従業員の動向、外部関係者との取引履歴などを基に、事実関係を正確に把握することが重要です。
(2) 法的措置の検討
 営業秘密の侵害が確認された場合、不正競争防止法に基づいて法的措置を検討します。具体的には、差し止め請求と損害賠償請求が主な手段となります。
 • 差し止め請求:裁判所に対して、営業秘密の不正使用や開示を直ちに停止するよう命じる判決を求めます。これにより、情報がさらに広がることを防ぐことができます。
 • 損害賠償請求:営業秘密の侵害によって企業が受けた損害に対して、金銭的な賠償を求めることができます。特に、情報が不正に使用されて市場で不当な競争が行われた場合、企業の利益損失が大きいため、適切な賠償が求められます。
(3) 事後の管理強化
 営業秘密が一度漏洩してしまうと、完全な回復は困難です。そのため、漏洩後には社内の管理体制を再検討し、再発防止策を講じる必要があります。新たなセキュリティ対策の導入や、従業員の再教育が求められる場合もあります。


5. 営業秘密保護の国際的な動向
 グローバル化が進む現代において、営業秘密の保護は国内だけでなく国際的な課題となっています。多国籍企業や国際取引が増加する中で、各国の法制度の違いを考慮しながら、営業秘密の保護を進める必要があります。特に、中国や米国、欧州連合(EU)では、営業秘密の保護に関する法整備が進んでおり、日本企業も国際的な営業秘密保護の枠組みを理解し、それに対応する必要があります。
(1) 米国の「Defend Trade Secrets Act(DTSA)」
 米国では、2016年に「Defend Trade Secrets Act(DTSA)」が成立し、連邦レベルでの営業秘密保護が強化されました。これにより、営業秘密の侵害に対して、連邦裁判所で訴訟を提起することが可能となり、国境を越えた営業秘密の保護が一層強化されています。
(2) EUの「Trade Secrets Directive」
 欧州連合(EU)では、2016年に「Trade Secrets Directive」が施行され、EU全域での営業秘密の保護が統一的に行われるようになりました。この指令により、営業秘密の定義や保護措置が明確化され、各国の法制度が整備されました。
(3) 中国の営業秘密保護
 中国も、営業秘密保護に関する法整備を進めています。中国では、不正競争防止法に基づいて営業秘密の保護が行われており、違反者に対しては厳しい罰則が科されます。また、知的財産権の保護を強化するため、企業は適切な契約やセキュリティ対策を講じることが求められています。


6. まとめ
 営業秘密の保護は、企業の競争力を維持するために極めて重要な課題です。企業は、営業秘密を適切に管理し、不正競争防止法に基づく法的保護を受けるための体制を整備する必要があります。また、侵害が発生した場合には、迅速な対応が求められます。本稿で紹介した要件や法的保護の仕組みを理解し、実際の企業活動に反映させることが、長期的な競争優位を築くための鍵となります。

2024年10月11日