財務諸表第14回(上級編)財務諸表と事業承継:企業価値評価・後継者への財産移転・税務上の注意点を理解する

財務諸表と事業承継:企業価値評価・後継者への財産移転・税務上の注意点を理解する
はじめに
 中小企業において、事業承継は経営者にとって避けて通れない重要課題です。
 「誰に事業を引き継ぐのか」「どのように財産を移転するのか」「税金負担をどう最小限にするのか」など、検討すべきポイントが多く、計画的な準備が必要です。
 特に財務諸表の正しい理解と活用が、スムーズな事業承継のカギとなります。
企業価値の適正な評価、後継者への円滑な財産移転、税務対策を怠ると、承継後の経営が不安定になるリスクがあります。
 本稿では、事業承継を成功させるために必要な3つの財務視点を解説します。
• 企業価値評価の方法と実務での活用
• 後継者への財産移転の仕組みと選択肢
• 税務上の注意点と節税対策
 事業承継の準備を進める上で、ぜひ参考にしてください。
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1. 企業価値評価の方法と実務での活用
1-1. 事業承継における企業価値評価の重要性
 事業承継では、「企業の価値をいくらと評価するか」が最も重要なポイントです。
 企業価値を正しく算出しないと、不適切な株価設定によるトラブルや税負担の増大につながります。
 企業価値評価の目的には、主に以下の2つがあります。
 1. 後継者への株式・財産移転を適正に行うため
 2. 事業売却(M&A)を検討する場合の価格交渉に活用するため
1-2. 企業価値評価の3つの手法
 企業価値を算出する方法には、大きく分けて3つの手法があります。
 評価手法 概要 適用場面
 ①純資産価値法: 貸借対照表(B/S)に基づき、資産・負債の差額を算出 資産が多い企業(不動産業・製造業など)
 ②DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法): 将来の利益を現在価値に割り引いて算出 収益性が高く、成長が見込める企業
 ③類似会社比較法: 同業他社の企業価値と比較して算出 業界標準の価格を参考にしたい場合
※ 中小企業では「純資産価値法」が最も一般的
 → 事業承継時には、税務上の評価としても活用される
※ 成長企業の場合は「DCF法」が有効
 → 将来の利益を見込んで評価するため、企業の成長戦略と合わせて検討
ポイント:
• 事業承継の目的に応じて適切な評価方法を選択する
• 数年分の財務諸表を整理し、実態を正しく反映することが重要
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2. 後継者への財産移転の仕組みと選択肢
 事業承継では、企業の財産(株式・不動産・事業資産)を後継者へ移転する方法を決める必要があります。
代表的な承継方法として、親族内承継、従業員承継、M&Aの3つが挙げられます。
2-1. 事業承継の3つの方
 事業承継には、主に以下の3つの選択肢があります。
承継方法 メリット デメリット
親族内承継: 経営の安定性が高い、社内の信頼を維持できる: 相続税・贈与税の負担が大きい
従業員承継(MBO): 社内事情を理解した人物が引き継げる: 従業員に資金負担が発生する
M&Aによる売却: 後継者不在でも事業継続が可能: 企業文化の変化、買い手選定の難しさ
※ 親族内承継を選択する場合の財務対策
• 株式の計画的な移転(贈与税・相続税を考慮)
• 社内資産・負債の整理(財務体質を健全化)
※ M&Aを活用する場合の財務対策
• 企業価値の適正評価(買い手との価格交渉)
• 売却後の税務対策(譲渡益課税の計算)
2-2. 事業承継の流れ
※ 1. 後継者の選定(3~5年前)
• 親族、役員、第三者の中から適切な後継者を決定
※ 2. 企業価値評価の実施(2~3年前)
• 財務データを基に適正な企業価値を算出
※ 3. 株式や財産の移転(1~2年前)
• 贈与・売却・信託などの方法を検討
※ 4. 経営権の移行(承継完了)
• 取引先や金融機関との関係を引き継ぎ、安定した運営へ
• 特に、企業の借入に代表者が個人保証していたり、個人所有の不動産に抵当権が設定されていたりする場合には、事前に金融機関と綿密な打ち合わせが必要です。
 事業承継は段階的に進めることで、トラブルを防ぐことができます。
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3. 税務上の注意点と節税対策
3-1. 事業承継における主な税金
 事業承継に伴う財産移転には、さまざまな税金負担が発生します。
税金の種類 概要
相続税: 経営者が亡くなった際に、後継者が資産を受け継ぐ際にかかる税金
贈与税: 生前に株式や財産を後継者に譲渡する場合の税金
譲渡所得税: 事業売却(M&A)による株式譲渡時の税負担
※ 相続税・贈与税の節税対策
• 事業承継税制の活用(特例措置を利用すると税負担を軽減可能)
• 毎年の贈与で少しずつ株式を移転(基礎控除を活用する)
※ M&Aの税務対策
• 売却益の税金を抑えるためのストラクチャリング
• 事業譲渡 vs. 株式譲渡の選択(税務上の影響を比較)
3-2. 株式の分散を防ぐ
 企業の株式が親族間で分散すると、経営権が不安定になります。
※ 持株会社の活用
• 後継者が企業の経営権を一括で取得できる仕組みを作る
※ 自社株買い
• 会社が自己株式を取得し、株式の整理を行う
 株式の移転計画を立て、後継者が安定して経営できる体制を整えることが重要です。
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まとめ
 事業承継を成功させるためには、企業価値の適正な評価・財産移転の計画・税務対策が不可欠です。
• 企業価値評価では、純資産価値法・DCF法などを活用し、適正な評価を行う
• 後継者への財産移転は、親族内承継・従業員承継・M&Aの選択肢を比較検討する
• 税務上の注意点を理解し、事業承継税制や贈与税の特例を活用する
事業承継は長期的な計画が必要ですが、財務の整理と適切な対策を講じることで、スムーズな世代交代が可能になります。
 今のうちから計画を立て、次世代に強い企業を引き継ぎましょう。

2025年05月02日