商標:不使用取消審判(第10回)
第10回:攻めの活用術:邪魔な他社商標を排除する
不使用取消審判は、単に自社の商標を守るための制度ではありません。実務においては、自社の事業展開を加速させるために、他社の未使用商標という“見えない障壁”を取り除くための有力な手段として活用されています。
商標法第50条は、「継続して3年以上日本国内で使用されていない登録商標は、取消しの対象となる」というルールを定めており、この原則を戦略的に用いることが重要です。
1.不使用取消審判が有効となる場面
不使用取消審判は、次のような経営判断の場面で検討されます。
(1) 新ブランド立ち上げ時の障害除去
先行登録商標が存在するものの、実際には使用されていない可能性がある場合、その商標が参入障壁となります。このようなケースでは、不使用取消審判により障害を排除できる可能性があります。
(2) 事業拡大時の制約解消
既存の登録商標が広範な指定商品・役務をカバーしている場合、実際には使われていない分野まで占有されていることがあります。この場合、未使用部分の取消しにより進出余地を確保できます。
(3) ネーミングの自由度の回復
市場で使われていないにもかかわらず、登録だけが残っている商標が存在することで、ネーミングの選択肢が不当に制限されることがあります。このような“棚ざらし商標”も対象となり得ます。
2.事前調査の重要性
不使用取消審判は、請求すれば必ず成功するものではありません。特許庁の審理では、被請求人(商標権者)が使用事実を証明すれば維持されるため、請求前の調査が極めて重要です。
(1) 登録内容の確認
指定商品・役務の範囲を正確に把握し、どの範囲について取消しを狙うのかを明確にします。
(2)使用実態のリサーチ
ウェブサイト、ECサイト、店舗、広告、業界情報などから、実際の使用状況を調査します。
(3)仮説の構築
「使用されていない可能性が高いか」という合理的な見込みを持つことが重要です。
なお、請求人側が不使用を立証する必要はなく、商標法第50条の構造上、使用の立証責任は権利者側にありますが、無謀な請求は避けるべきです。
3.不使用の兆候の見極め
実務上、不使用の可能性を示す兆候としては、以下のような事情が参考になります。
① 公式媒体に該当商品・役務の記載がない
② 過去の使用は確認できるが現在の活動が見えない
③ 市場流通や業界内での認知が確認できない
④ 登録から長期間経過しているにもかかわらず実績が見えない
これらはあくまで判断材料であり、最終的な結論は審判における証拠によって決まります。
4.交渉と審判の使い分け
実務では、「交渉」と「審判」のどちらを選択するか、あるいは組み合わせるかが重要な戦略判断となります。
(1) 交渉(譲渡・ライセンス)の特徴
迅速な解決や確実な権利確保が期待でき、関係性を維持しやすい点がメリットです。
(2)審判の特徴
相手の同意がなくても進められ、比較的低コストで、かつ特定範囲のみを対象とすることが可能です。
(3)実務上の併用戦略
不使用取消審判の請求を背景とした交渉、いわゆる「圧力としての審判」を活用するケースも多く見られます。
5.部分取消という戦略的手段
不使用取消審判の大きな特徴は、指定商品・役務ごとに取消しが可能である点です(商標法第50条)。
(1) ピンポイントでの排除
商標全体ではなく、使用されていない分野のみを狙い撃ちできます。
(2)競争戦略としての活用
競合他社の将来的な事業展開を制約する手段としても機能します。
6.コストと期間の現実
経営判断としては、費用対効果の検討が不可欠です。
(1) 審理期間
一般に数か月から1年程度を要します(事案により変動)。
(2)費用
譲渡交渉に比べて低額となる場合もありますが、代理人費用や証拠収集コストも考慮が必要です。
(3)総合判断の必要性
単なる費用だけでなく、ビジネス機会の損失やタイミングも含めて判断することが重要です。
7.リスクの把握
攻めの手段である以上、一定のリスクも伴います。
(1) 相手方の警戒
審判請求により交渉が難航する可能性があります。
(2)使用事実の発覚
実際には使用されていた場合、審判で維持されるリスクがあります。
(3)関係性の悪化
同業他社との関係に影響を及ぼす可能性もあります。
8.制度の本質と経営への示唆
不使用取消審判の本質は明確です。
「使用されていない商標は維持できない」という商標法の基本原則に基づく制度です。
この原則を踏まえれば、
① 不要に他社権利に萎縮する必要はない
② 正当な市場参入の余地は制度的に確保されている
ということが理解できます。
9.守りと攻めの一体的理解
不使用取消審判は、自社商標を守るための知識であると同時に、他社商標に対して攻めるための知識でもあります。
他社の弱点は、そのまま自社のリスクにもなり得ます。
したがって、制度を正確に理解し、適切に使いこなすこと自体が、中小企業にとっての競争力の一つとなります。
本記事についてのご相談:
「不使用取消審判」の請求側、請求された商標権者側、どちらのご相談もお受けいたします。
商標法上の使用となっているか、指定商品・指定役務についての使用となっているか、取得したい商標の商標権者が使用しているかどうかを調べたいなど、お気軽にご相談ください。
弁理士 矢口和彦事務所
所長 弁理士 矢 口 和 彦