第5回 著作権とフェアユース:自由に使っていい場合とは?(前編:条文ごとの詳細解説)
はじめに
前回は、著作権の保護期間について詳しく解説しました。今回は、著作権が持つ排他性に対する重要な例外規定である「フェアユース」について掘り下げていきます。著作権法は、著作者の権利を保護する一方で、文化の発展や情報流通の円滑化を図るため、一定の条件下で著作権者の許諾を得ずに著作物を利用できる範囲を定めています。この概念が、一般的に「フェアユース」と呼ばれるものです。
日本の著作権法には、アメリカのフェアユース原則のような包括的な規定はありませんが、著作権法第30条から第47条の8にかけて、様々な「権利の制限規定」が置かれており、これがフェアユースに相当する役割を果たしています。本稿では、これらの主要な条文について、その内容と趣旨を詳しく解説していきます。
1. 私的使用のための複製(著作権法第30条)
(1)条文の概要
著作権法第30条は、「個人的にまたは家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」を目的とする場合、著作権者の許諾を得ずに著作物を複製できると規定しています。
(2)「個人的にまたは家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」の解釈
この範囲は、個人的な趣味や研究、家族内での利用など、営利を目的としない、ごく限られた範囲での利用を指します。例えば、個人的な鑑賞のためにCDをMDに録音する行為や、家族旅行の思い出としてビデオを複製する行為などが該当します。友人同士のグループ内での利用でも、その規模や目的によっては私的使用と認められない場合があります。
(3)注意点
• デジタル化とネットワーク利用の制限: 著作物をデジタル方式で複製する場合、またはその複製物をネットワークを通じて他人に提供する行為は、私的使用の範囲を超えると解釈されることがあります。特に、違法にアップロードされた著作物をダウンロードする行為は、私的使用のための複製には該当しません。
• 業務上の利用の禁止: 会社や学校などの組織における業務や教育活動での利用は、原則として私的使用には該当しません。
2. 図書館等における複製(著作権法第31条)
(1)条文の概要
著作権法第31条は、図書館法に規定する図書館や、政令で定める図書館等において、以下の目的のために著作物を複製できると規定しています。
① 図書館の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、公表された著作物の一部分(記事、論文など)を一人につき一部提供する場合。 ②
図書館の資料の保存のために必要がある場合。 ③ 他の図書館等の求めに応じ、絶版その他の理由により入手困難な著作物の複製物を提供する場合。
(2)複製できる範囲と条件
• 一部分の原則: 利用者の求めに応じて複製できるのは、著作物の一部分に限られます。書籍全体や雑誌の号全体の複製は原則として認められません。
• 調査研究目的: 利用者の目的は、個人的な調査研究に限られます。営利目的や娯楽目的での利用は認められません。
• 一人一部: 提供できるのは、同一利用者に対して同一著作物の同一部分につき一部に限られます。
• 保存の必要性: 資料の劣化を防ぐための保存目的の複製や、入手困難な資料を他の図書館に提供するための複製は、著作物全体の複製も認められる場合があります。
3. 引用(著作権法第32条)
(1)条文の概要
著作権法第32条第1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、引用の目的が、報道、批評、研究その他の正当な範囲内にあるものでなければならない」と規定しています。
(2)引用の要件
適法な引用と認められるためには、以下の要件を満たす必要があります。
① 公表された著作物であること: 未公表の著作物は、原則として引用できません。 ② 公正な慣行に合致すること: 引用する著作物の量や方法が、社会的に相当と認められる範囲内である必要があります。
③ 引用の目的が正当な範囲内にあること: 報道、批評、研究など、引用を行う目的が正当でなければなりません。単なる著作物の紹介や、自己の著作物のボリュームアップを目的とした過度な引用は認められません。
④ 引用部分とそれ以外の部分の主従関係が明確であること: 引用される著作物が、引用する著作物の中で付随的なものであり、主体と客体の関係が明確である必要があります。
⑤ 出所の明示: 引用を行う際には、著作物の出所(著作者名、書名、掲載誌名など)を明示する必要があります(著作権法第48条)。
(3)具体例
• 新聞記事で、事件の背景を説明するために過去の記事の一部を引用する行為(報道)
• 映画評論で、批評対象の映画の一場面の画像を引用して解説する行為(批評)
• 学術論文で、先行研究の成果を議論するためにその一部を引用する行為(研究)
4. 営利を目的としない上演等(著作権法第38条)
(1)条文の概要
著作権法第38条は、営利を目的とせず、聴衆または観衆から料金を受けない場合には、公表された著作物を上演、演奏、上映、口述することができると規定しています。ただし、実演家や著作隣接権者の権利は制限されません。
(2)非営利・無料の原則
この規定は、非営利かつ無料の上演、演奏、上映、口述といった、文化普及に貢献する可能性のある行為を著作権の制限の対象としています。
(3)注意点
• 営利目的の禁止: 参加者から入場料やそれに類する料金を徴収する場合は、この規定は適用されません。
• 実演家等の権利: 著作物の上演等に実演家やレコード製作者などが関わっている場合、これらの実演家等には別途権利が認められています。著作権者の許諾が不要でも、実演家等の許諾が必要な場合があります。
(4)具体例
• 学校の文化祭で、生徒が演劇を上演する行為(入場無料の場合)
• アマチュアバンドが、ライブハウスで無料の演奏会を行う行為
• 地域の公民館で、ボランティアが映画を無料上映する行為
むすび
今回は、著作権の制限規定の中でも特に重要な「フェアユース」に相当する、私的使用のための複製(第30条)、図書館等における複製(第31条)、引用(第32条)、営利を目的としない上演等(第38条)について、その条文の概要と具体的な内容、注意点などを詳しく解説しました。
これらの規定は、著作権者の権利を尊重しつつ、文化の発展や情報流通の促進を図るための重要なバランス点となっています。しかし、これらの規定の解釈は複雑であり、個別のケースごとに慎重な判断が求められます。
次回のテーマは「著作権とフェアユース:自由に使っていい場合とは?(後編:引用・転載のルール)」です。今回は触れられなかった、教育目的の利用や報道目的の利用など、その他の重要な権利制限規定について解説し、適法な引用・転載を行うための具体的なルールや注意点について掘り下げていきます。